2020/06/10
No. 724
前回のニューヨークの話を続けると、この州のマリオ・クオモ知事のコミュニケーション力は卓越していた。危機に際して、自らの言葉をていねいに紡ぎ出し、冷静にメッセージを語りかける姿は共感できるものだった。では私にとって身近なアメリカ建築家協会(AIA)はどうであったか。4月6日発のメッセージ(アイヴィー専務理事名義)では「よりよい社会を計画するとともに健全な社会(well-being)を守り抜いてゆこう」と述べている。その後事態が深刻になるとともに、AIAは様々な情報発信を続けている。たとえば、どのように設計事務所として災害リスクを乗り越えるか。おりしもAIAは行動ガイドラインをリニューアルしたばかりである。また、リモート業務をどのように効率的に進めるかというようなテクニカルなテーマも扱う。ここではハードの整備の必要と、リモートでつながる同士に共感力があるかは重要だとしている。さらに、不安を感じている発注者に対し、いかに速やかに的確な提案ができるか、と問いかける。社会は、グローバルや密集した都市にはリスクも宿ると実感してしまったのだから。
そのような感染症の時期に、アフリカ系アメリカ人が警官に命を奪われるという事件が起こり、たちまちそれは全米から世界へと広がる抗議行動へと拡大した。政治的思惑も紛れ込みやすいこの動きの中で、6月5日にAIAは明瞭なメッセージを発した(理事会構成メンバー名義)。そこで「人種不平等を看過してはいけない」とし、「長期にわたる不公正を糾し、次世代がこの国には正義があると知るために行動する」と述べている。ここには、われわれこそ健全な社会を形成するプロフェッショナルではなかったか、との自戒の意味がこめられている。現実的にも理念的にも、感染症克服と人種不平等克服とは切り離せない流れであり、現代のわれわれは重いテーマと重ねて向きあう局面に至った。対岸の火事ではない。健全な未来のために掘り下げて考えることは世界の建築家が共有するテーマである。