建築から学ぶこと

2008/09/10

No. 147

松本盆地から

私にとっての信州のイメージ形成は中学1年、島崎藤村との出会いに始まる。藤村は千曲川や木曽路の風景から多くの知恵と考察を引き出している、そのような印象だった。そこからわが中学校の窓近くの山並みも重要な意味を持ちはじめ、あわせて自然とともにある信州そのものが憧れに充ちた場所となった。その後、アルプスの峯々を目指す時期があったり、山里を訪ね歩くことがあったり、多様なつきあいを重ねてきたのだが、信州のイメージは原初どおりである。いまは風物も人柄も、地域によって違いがあることをひとわたり理解できるようになった。

そのなかでも、松本盆地は、私にはとりわけ親しみを感じる空間である。山へ向うのも都内に戻るのも、松本は必ず降り立つ場所であった。限られた時間を過ごすのに程良いスケールであるゆえに、駅から松本城のあいだに広がる市街地の移り変わりもおおよそ把握できている。居心地が良いのは、この地出身の友人たちから受け取る、知的で芯がしっかりして、それでいてバンカラな空気をわかっているからかもしれない。このところ信州全体の交通網が飛躍的に整備されたせいもあって、風景がいくぶん平板になる傾向があるけれども、松本は日本の都市の中でも、人心のなかに安定的なレシピが用意されている場所というイメージがある。

さてここに、サイトウ・キネン・フェスティバルという知的なレシピがある。松本を拠点にしてから17年目となるが、小沢征爾・総監督の求心力とともに、自然と響きあうイメージが定着している。3-4週間ほどの長めの期間設定も、都市の日常のリズムとうまく呼応するものであろう。コンサートが市内各地で映像中継され、多くの観衆に共有されるという仕掛けもある。ぜひ今後も松本人らしい知恵と粘りで、国際性のあるフェスティバルを支え続けてほしいものだ。でも、彼らはビジネスに結びつけるしたたかさは足りないかもしれない。長期的にみた人材の育成基盤づくりにももっと踏みこむべきである。信州の国際的な存在感を高めるためには、「好ましい素材感」を越える行動が期待される。

佐野吉彦

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