建築から学ぶこと

2023/04/12

No. 864

コパチンスカヤが切り出しているもの

パトリシア・コパチンスカヤはモルドヴァ生まれの名ヴァイオリニストである。初めて聴いたのは2019年に大野和士指揮東京都交響楽団と競演したシェーンベルクのヴァイオリン協奏曲だった。今年3月には、同じ組み合わせでリゲティの協奏曲を聴き、カーチュン・ウォン指揮大阪フィルハーモニー管弦楽団とともにハルトマンとラヴェルを聴いた。こんなに弾く姿が楽しい演奏者はあまりいないが、それは演奏の愉悦とつながっている。弾いたのはいずれも20世紀の作品で、それぞれの曲への自然な敬意が伝わってきた。どの場面でも、コパチンスカヤらしく自在な個性でアタックしていても(時に歌いもするのだ。)、品が悪くならずにまとめているのも凄い。かくして、彼女を通すことによって、今年生誕100周年のジェルジュ・リゲティ(1923-2006)の音楽にある開かれた性格をすっきり感じ取ることができた。
ウクライナとルーマニアに挟まれたモルドヴァはかつてソ連領だった。家族がそこからウィーンに政治亡命したことで、コパチンスカヤは子供のころからウィーンで音楽を追究してきた。彼女にある「国境をまたぐ感覚」も、上記に挙げたような、20世紀の政治的圧制に振り回された作曲家たちの曲の味を見事に引き出している。もっとも、政治的メッセージをそこに重ねることはしていないけれども。
今回は別のジャンルの芸術家の紹介でご本人に会う機会を得た。日本文化にもなみなみならぬ関心があり、どこかで国境をまたぐ面白いことが起こるかもしれない。より正確に言うなら、コパチンスカヤは、どの分野の芸術的成果にも潜む多面性に眼を輝かせ、ジャンルをまたぎながら、本質を切り出して見せることができる稀有な表現者だと言えるだろう。その点ではヨーロッパの歴史が生み出してきた知性に連なっている感じがする。

佐野吉彦

オーケストラの対応力もなかなか。

アーカイブ

2024年

2023年

2022年

2021年

2020年

2019年

2018年

2017年

2016年

2015年

2014年

2013年

2012年

2011年

2010年

2009年

2008年

2007年

2006年

2005年

お問い合わせ

ご相談などにつきましては、以下よりお問い合わせください。