建築から学ぶこと

2013/04/10

No. 370

借り出すイメージ

伊東乾著「なぜ猫は鏡を見ないか?―音楽と心の進化誌」は、著者がどのような問題意識を抱いて音楽の専門家として生きてきたかを語る本である。響きの本質を究める理論的アプローチの軌跡は、時代の証言をも含んでなかなかスリリング。その中で、作曲家ルイジ・ノーノが語った言葉として、1952-3年ごろに現代音楽の分野でクローズアップされた<セリー>の理論(音列あるいは音の配列。音程やリズムなどを要素分解して再構成する作曲理論)が<DNAの二重らせんモデル>(ワトソン=クリック)の登場に影響を受けたとの話が紹介されている。その時期にあった科学に対する楽観的な見方が、音楽のイノベーションを進めたとなると興味深い話だ。ワトソン著「二重らせん」では、分子模型をつくりながら解を見出そうとする道程を自ら語っているが、生み出された「二重らせん」の美しく明瞭な形態イメージゆえに、その時期の音楽に好ましいインパクトを与えたのだろう。

芸術に限らずいろいろな分野で、その時代にフィットした解決を探り当てるために、その分野が受け継いできた理論だけではなく、異分野から知恵を借り出すことがしばしばある。つねに新しいモデルを探求しているのだ。たとえば、軍事論からスタートしたリーダーシップ論は、組織論や人的資源管理論のような経営学視点を経て、発達心理学や社会心理学の観点から研究されるようになってきているという(*)。

さて、伊東氏は建築家・磯崎新について言及している。確かに、建築が編み出した<ポストモダニズム>の概念と成果が、やがて文学にまで応用されるようになったのは、磯崎というパーソナリティの存在抜きでは考えられない。だからこそ、異分野の引用・活用は着実で粘り強くあるべきと考える。時代の気分として理論を消費してしまってはあまりにもったいないからだ。

 

* 田中堅一郎・日大大学院教授「立教大学心理学研究」第55号(2013)

佐野吉彦

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