建築から学ぶこと

2020/04/22

No. 718

その歩みに触れて:緒方貞子さんの回顧録

前回取り上げた岸本忠一さんは阪大総長のおりの卒業式祝辞で、緒方貞子さん(1927-2019)の人間力を称えている。緒方さんは国連での粘り強いリーダーシップで知られるが、近ごろ文庫化された<回顧録>にはいくつか大切な言葉がある。
1つ目は、緊急の実態を目の当たりにして「そのことに従来の仕組みやルールがそぐわないのならルールや仕組みを変えればよい」という点。国連難民高等弁務官(UNHCR)時代の緒方さんは、遅滞なく果敢に事態を切り拓いた。「あとで考えてみると、あのときの決定は大きな決断であった」と振り返るように、UNHCRや国連の姿勢そのものを変えた。
2つ目は物事を成し遂げるために必要な協働関係である。政治が動く場面や、危機からの復興活動などとの間にあるギャップを放置していては時宜を得た動きができない。緒方さんはシームレスな連携をつくるよう意を用いた。アマルティア・センとともに共同議長を務めた「人間の安全保障委員会」でも、異なる視点を結び合わせ、危機に瀕した人々の「保護」と「能力向上」を一体化させた。緒方さんは「人道危機への緊急対応が済んだら終わりではなく、そのあとの息の長い復興支援へとつなげることがシームレスな支援」と語っている。
緒方さんには政策決定過程論の研究者という基盤があり、「実務の世界と学術の世界は有機的につながっている」と言う。だから実務においては果敢さだけでなく、課題を正しく分析する眼が伴うことが重要と考える。これが3つ目。その冷静さは、多方面の専門家や政治のリーダーを束ねる経験に活かされた。この本が発するメッセージを感染症に向きあう世界と重ねて考えるとき、ばらばらな思いでいる人々をいかにきちんとまとめることの重要さに思い至る。政治家はもちろんだが、どの分野のリーダーにも、当面だけでなく、未来を着実に描く取り組みが期待される。

佐野吉彦

Pechakucha Inspire the World -Global この時期だからこその、世界のつなぎ方と見つめ方。

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