2019/03/13
No. 663
学生時代、研究室で「鉄道車両のアコモデーション調査」の下働きをした。主宰は国鉄あるいは鉄道技研(鉄道総合技研の前身)だったと思うが、車内の握り棒(スタンションポール)や座席などの使い勝手改善について調査をした。その後、握り棒はずいぶん掴みやすくなり、ロングシートには中仕切が設置され(これで空きスペースが解消された)、最近では西武鉄道の通勤用40000系のように隣客と接触しない快適なシートも生まれた(これはクロスシートに転換可能だ)。この流れにあのときの建築学科からの知恵が貢献したのなら、こんなに嬉しいことはない。
たぶん、それは例外的な依頼だっただろう。もともと、車両設計には建築分野の出番はさほどなかった。インダストリアルデザイナー・水戸岡鋭治さんが手がけたJR九州車両が社会的に認知されてはいたが、それから潮目は変わりつつある。このところの西武鉄道における妹島和世さん、小田急における岡部憲明さんのような、建築家の本格的な参画の例が現れるようになった。
概して、鉄道会社は駅舎の商業開発や、沿線を離れた不動産開発などで外部人材とうまく協働できているものの、中心に位置する輸送部門はどちらかというとコンサバティブな傾向がある。輸送人員が大きく伸びない現在、ようやく中枢の革新を「オープンイノベーション」によって手を付け始めた。建築家に眼が向いたのもその一例だろう。ほかにも社会には多くの若い「スタートアップ」がチャンスを探りあてようとしている。この空気のなかで、鉄道会社を含めた既成企業の「オープンイノベーション」も短期的な話題づくりや低リスクの投資で終わってしまってはもったいない。新たな社会システムづくりには、異なる知恵を継続的に活用して成熟を目指すことは重要だ。そうしたときに建築家の見通しの利く眼は役に立つのではないか。