建築から学ぶこと

2016/03/23

No. 516

あたたかなまなざし:『みんな彗星を見ていた-私的キリシタン探訪記』

この著者には、人に対する暖かなまなざしがある。それが時代の異なる、検証が困難な相手であっても。自らの実感を手がかりにじっくりと仮説を組み立て、文書を綿密に読みこみ、足で検証してゆくのだ。近著「みんな彗星を見ていた-私的キリシタン探訪記」(文藝春秋社2015)に出会うまで、著者の星野博美さんのことは知らなかったが、旧著「コンニャク屋漂流記」(文春文庫)以上に、読み手をさりげなく誘いこみながらぐいぐいと引きつけ、最後に穏やかな手ごたえを残して、登場人物を傷つけることなく物語を終えるつくりが秀逸である。近著はキリシタンの迫害期の様々な人間像を描いたものだが、そこに自ら追いかけてきたテーマ「漁労コミュニティ」・「香港=人の流動の交差点」・「キリスト教文化」を考察の切り口に用いている。迫害はなぜ起こったのか。そこに至る一連の時の流れを加速したものは何だったのか。それは明らかに悲劇であるが、そこにフォーカスする手前で話題を可能な限り拡げ、重ねあわせ、ぎゅっと濃密な成果をもたらした。

語りの地点は、房総の漁村・岩和田、キリシタンゆかりの大村・長崎・島原、宣教師の故郷バスク(スペイン)へ、いずれも海と縁がある場所に移動してゆく。ここで海は情報と人を運ぶ起点であり、港は文明を他の文明につなぐネットワークの基点となっていた。さらに、文書から、東洋に起こった史実の細部が、じつは海を介して世界が共有していたことが明らかにされる。

登場人物ひとりひとりに寄り添う著者が、宣教師たちの志の中に、海の男たちと同じ冒険的精神を見出すところは面白い。そこにある先陣争いはとても人間臭いものだ。信徒の視点ではないけれど、著者は宗教家の使命やメンタリティをよく見抜いている。繰り返し言うが、人間観察における暖かさがすばらしい本である。

佐野吉彦

アーカイブ

2024年

2023年

2022年

2021年

2020年

2019年

2018年

2017年

2016年

2015年

2014年

2013年

2012年

2011年

2010年

2009年

2008年

2007年

2006年

2005年

お問い合わせ

ご相談などにつきましては、以下よりお問い合わせください。