2018/09/05
No. 637
イェルク・ヴィトマン(1973年生)は凄腕である。優れたクラリネット奏者としての技量に加え、作曲家としても、オーケストラ指揮者としても堂々たるレベルにある。そのコンサートを聴いていると、創造活動のなかでそれぞれの活動がしっかりつながっていることがわかる(彼は自らの曲や人の曲を指揮し、もちろん自らも吹いていた)。こうしたマルチなありようは、音楽家で言えばバーンスタインやブーレーズに先例があり、このところのスポーツに目を移せば、投打にわたる野球の大谷翔平、監督もこなすサッカーの本田圭佑という例を見出すことができる。まさしく非凡な人たちではあるが、ここで重要なのは、彼らは強いられてそうしているわけではなく、自らが選択していることである。
考えてみれば、建築設計の日常でも、ひとりがマルチな作業を平行してこなしている。デザインと、エンジニアリングと、プロセスマネジメントと。それらすべてで能力を発揮するのは相当にレベルが高い。設計者はそれを目指して専門能力の維持と開発に努める必要について、まず教育機関で説かれ、先達に諭され、専門家資格取得時にも覚悟を迫られる。おそらく、受身で応ずるならこんな面倒な人生はないもので、そこは音楽もスポーツも同じだろう。どの分野も自ら望んでマルチに振舞うのが本筋であり、建築設計の場合、多彩な役割を進んで引き受けることが、結果として建築の豊かさにつながるはずである。
つまり、すべては「自分次第」なのだが、それぞれの能力が有効に働くかどうかは、他者との関係で決まる。音楽家の場合、いくらマルチを目指したところで、観衆やオーケストラに反応がなければ先に進まないのだ。建築設計の駆け出しもベテランも、自らの技術の手ごたえを感じ取るところに次の可能性が開けるだろう。それを心がけとするのも大事な修練である。