建築から学ぶこと

2025/02/12

No. 954

菜の花がひらく春

春が少しずつ近づいてくると、まず梅の蕾が開くところからモノクロの風景に色が差し、やがて木蓮や桃が姿を現し、桜が加勢すると一気に春の役者が揃う。主役の登場順はほぼ決まっている。一方で、菜の花は日本のあちこちでさりげなく脇役のごとく現れ、そして広がって長い春を過ごす。もっともアブラナ科の菜の花は日本由来ではなく、ユーラシアの春を彩りながら渡来した。そして、食用だけでなく、油の採取あるいは有害物質吸着にもずっと有用な花である。そういう次第で、出荷されるときにはナバナや菜種といった呼び名になることもある。ちなみにアブラナ科には交雑の歴史があり、現在の日本の景色は、明治以降の外来種であるセイヨウカラシナに入れ替わっているようだ。なんだか名前の定義も、歩みもおおらかである。
ひとつひとつの樹を愛でる梅に比べて、菜の花はどちらかというと花のある風景が愛されていると言えるだろう。山村暮鳥の詩<風景 純銀もざいく>は「いちめんのなのはな」の繰り返しで有名で、与謝野晶子も菜の花をいろいろなかたちで詠った。「川ひとすじ 菜たね十里の宵月夜 母が生まれし国美くしむ」といった大きなスケールの歌があれば、身近な風情を扱う「住の江や 和泉の街の七まちの 鍛冶の音きく菜の花の路」といった歌も秀逸である。現在の菜の花の出荷は千葉県、特に房総エリアが首位だが、大阪平野でも親しみやすい存在だったのだろう。
小説<菜の花の沖>を書いた司馬遼太郎も身近な菜の花を愛し、命日(2月12日)も「菜の花忌」と呼ばれている(*)。菜の花の効用は人と人の縁をつなぎ、日本と異国をつなぐ歴史へと物語が広がっているのだが、司馬は、菜の花に宿る人文学的な奥行きに魅かれていたのではないだろうか。

 

*詩人・伊東静雄(3月12日)と歌人・前田夕暮(4月20日)の命日も菜の花忌と呼ばれる。

佐野吉彦

春の先駆け

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