建築から学ぶこと

2008/01/16

No. 115

長崎という物語

久しぶりに長崎に出かけてみると、この街に満ちているさまざまな物語にあらためて興味を抱く。貿易の港としての長崎の歴史は1570年に始まるとされるが、明治期に至るまでの間、ここにはキリスト教の布教と徹底的弾圧と復活があり、出島を介した国際通商と知的交流が継続する。この手狭な都市空間に異なる文化が出会って発酵、あるいは対峙してきたことは驚嘆に値する。そののちの工業都市としての発展は、結果的に原爆投下の目標となり、いまだ被爆の記憶は風化していない。このように、長崎は日本の今後に多くの重要なメッセージや教訓を発信している。そして、それらは現代の市街地のあちこちで丹念に読み取ることができる。

たとえば市の中心に位置する丘陵はかつて岬であり、先端部の県庁の近傍は最初期のキリスト教布教の中心地であった。その一角に位置する、今年開館した長崎市立図書館は新興善小学校の跡地にある。この小学校は原爆被災者の臨時救護所となった歴史があり、当時の教室の姿は「救護所メモリアル」として図書館に併設され再現されている。ここは、さまざまな学びの場というわけでもある。小学校は原爆による破壊は免れたが、そこから少しの距離にあるカトリック中町教会は、大きく損傷した。しかし、原型への再建に成功している。ドレスデンの歴史的建造物再建の物語のような地道な努力は長崎にもあった。

ところで、長崎には<長崎くんち>という名高い祭がある。これは個々の町(踊町と呼ぶ)が育ててきた個性ある芸の集合体である。このまちらしい、混交性が生む活力にあふれた祭と言えよう。この祭を含め、長崎の多様性に富むポートレートは禍福が交錯した歴史のうえに立っている。このまちを読み解きながら、都市に大切なものは復元力である一方で、歴史を粘り強く受け継ぎ、語り継ぐことの重要について考えた。震災13年を経た阪神間も同じだろう。

佐野吉彦

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