2018/10/31
No. 645
札幌芸術の森美術館は文字通り、豊かで静かな森の中にある。ここで五十嵐威暢さんの軌跡をたどる展覧会が開かれている(11月25日まで)。北海道滝川市に生まれた五十嵐さんはグラフィックデザイナーとして世に出たあと、商品デザインに取り組む時期を経て、現在の軸足を彫刻制作に置いている。そのダイナミックな歩みを支えてきたのは旺盛な魂。それでいてひとつひとつの作品の仕上がりはいつもデリカシーに富んでいる。五十嵐ワールドは札幌の森のように、豊かさと静かな趣の両面を兼ね備えていて、会場をめぐると、とても幸せな気分に満たされる。
五十嵐さんは<対象>を知り抜いている。対象とは、材料の性状であったり、その場所の空気であったり、出会っている人の性格であったりする。そうした対象への曇りのない眼差しと好奇心から導き出されたものが、彼の作品ということになる。会場にある五十嵐さんの言葉、「つくることによって、人は全身で学んでいる。つくることによって、人は本当の生を得ている」が示すように、五十嵐さんは対象ときちんと向きあうところから、自らの歩みを整えなおしてきた人である。
今回の展覧会を機に出版された小さな本「はじまりは、いつも楽しい」は五十嵐さんの創造の秘密を解きあかすものだが、その要旨は次の言葉に集約されるように思われる。「はじまりが楽しいと、いい終わりが約束されます。だから、はじまりを楽しくしなければなりません。楽しくない仕事なら、楽しくする工夫を見つけることです。それにはいままでにない挑戦が求められます。その挑戦を、楽しむことから始めてはどうでしょう。」というくだりである。なるほど、五十嵐さんは健全な精神の持ち主なのであった。そして多摩美術大学学長を務めた経歴でわかるように、良き導き手に違いない。