2013/09/11
No. 391
場所によって異なる風があり、光の濃淡が違う。それは建築の姿や人のくらしに個性と深みを与えている。この世に生まれた知恵も知識も技術も、自然が多様な姿をまとうところから始まっているのだ。
さらに、季節の変わり目に吹く風には、あらたなドラマを呼び込む「気配」がある。自然の微妙な変化が人の心身に変換を促すことは実感できること。9月5日、作曲家・細川俊夫さんが音楽の中に描きだすドラマを味わいながら、そのようなことを考えていた。この日のステージ(*)の2曲は、卓抜な奏者によって織りあげられた音と声が聴衆に想像力をかきたてるものだ。日本の伝統と情緒を、ていねいに掘り下げながら、普遍的な力を持つレベルに高めている。ちなみに細川さんのディスクのカバー写真には、宮脇愛子さんの「うつろひ」シリーズが使われており、それぞれの作品のめざしたものが共振している。
作品の深みとともに強い存在感を残したのは、この日「松風のアリア」を歌い、細川さんが選曲したジェルジ・リゲティの「ミステリーズ・オブ・ザ・マカーブル」を歌いかつ指揮したバーバラ・ハンニガン(*)であった。声の明晰さとともに、身振りが音楽の切れ味で溢れていた。こういった凄みのある出会いがあるのも、毎年サントリーホールで開催されるサマーフェスティバルの楽しみである。
ところで、その日の私の隣席は建築家・磯崎新さんで、その向こうには堤剛さんご夫妻、その先に作曲家・一柳慧さんが見える。磯崎さんは細川さんと旧知の間柄、一柳さんとは盟友であり、過剰なほどの問題意識を備えるリゲティとは、それぞれが交遊を持つ。そしてチェリストである堤さんは、サントリーが音楽へのパトロネージを継続するにあたっての牽引力となった。この日出会ったのは、現代史の貴重な証言者でありネットワーカーであり、いまだ牙を研ぐ実践者たちであった。
* サントリーホール/サマーフェスティバル(第4夜・2013年9月5日)フィリディ「すべての愛の身振り」/細川俊夫「松風のアリア」/同「トランペット協奏曲」/リゲティ「ミステリーズ・オブ・ザ・マカーブル」:準・メルクル(+バーバラ・ハンニガン)指揮東京フィル他