2018/11/28
No. 649
建築は人と人の間で生まれる。とくに住宅は特にその意味が際立って重い。建築主と設計者との出会いは一期一会であるが、そのとき建築主自身が世の中とどう関わっているか、家族とともにどのような小宇宙をつくろうと考えるかも影響がある。その場所に、設計者が魂をこめ、その時代にしかない独自の解答を導くなかで、建築主自身の情報、時代と周辺環境の情報も集積されている。だからこそ、後の世代のために住宅は手を入れながら受け継ぐべきものなのである。
さて松隈章さん(竹中工務店)は、いくつかの縁を得て藤井厚二設計の自邸「聴竹居」(1928、京都・山崎)に向きあうことになった。これぞ、かけがえのない住宅である。最初に実測図を制作したことがその後の取り組みの基礎となった。「聴竹居」には近代住宅としての野心と志がみなぎっていたが、住宅としてこのまま生き残れるかの不安があった。やがて、出会う縁を丁寧にあたためながら、この住宅の寿命を延ばすことに手を貸し、重要文化財指定と長期的維持体制確立と
いう結果を導く。松隈さんのなかにずっとあったのは、建築資産と景観を受け継ぐことにかかわる率直な責任感だろう。先ごろ日本建築学会賞(業績部門)を受賞した彼は、保存成功という結果の社会的意義と影響以上に、すべての専門家が範とすべき<自発的な態度>を彼が有し、それを磨いたことも特筆される。
とはいえ、松隈さん自身はいたって謙虚な人である。人と人の距離を上手につくり、そこから新たな視点を学びながら、「聴竹居」(など)にとって最も適したありかた・生き残りかたを探り当ててきた。人と人の間にできた建築を次の時代に引き継ぐには、人と人との信頼関係、あるいはめぐりあう幸運をうまく活かすことが大事なようである。風が変われば、必ず船は前に進む。周到な準備を重ね、時が満ちるのを待つ取組みには希望を感じさせる。
「聴竹居」をめぐる詳細は以下の文献をご参考に。
・「聴竹居 藤井厚二の木造モダニズム建築」松隈章、平凡社コロナブックス 2015
・「木造モダニズム建築の傑作 聴竹居 発見と再生の22年」松隈章、ぴあ 2018