建築から学ぶこと

2024/01/24

No. 902

穏やかな日常と、それを支えるもの

そこにあるのは穏やかな時間。ヴィム・ヴェンダース(1945-)が監督した映画「PERFECT DAYS」(2023、日本・ドイツ合作)が描く東京の日常は美しい。主演の役所広司は寡黙な演技のなかに豊かな感情をにじませ、第76回カンヌ国際映画祭で男優賞を受賞している。主人公は都内の公園にある公衆トイレのベテラン清掃員で、槇文彦や伊東豊雄といった建築家がデザインしたトイレを、美術品のように丁寧に磨き上げている。さほど変わらぬ日常のなかで、主人公は暮らしにおいても、変わらぬ手順を守り抜く。
彼の過去についての細かい説明はされないが、主人公に知的なバックボーンがあるのは確かだ。たとえ日常に「異物」が入り込んでも、彼にある知の軸は、それをただしく仕分け、位置づけることができる。でも、彼にはそのような「変えない日常」を通じて少しずつ成長しているようであり、とてもみずみずしい魂を宿している。作品の目標のひとつは、そのような彼とその周りの人間像を描くことにある。
目標のもうひとつは都市を描くことである。舞台となる東京を成り立たせる条件について、映画はドキュメンタリー・タッチで繊細に語っている。それは都会を構成する「ほどよい小ささ」と「確かな質」と、それを支える「手入れ」の重要さと言えるだろうか。ヴィム・ヴェンダースは小津安二郎のように東京の市井を描き出しながら、都市の条件について踏み込んで考察しているとも言える。
結局のところ、都市は穏やかでなければならないが、成長もなくてはならないということである。そしてそれらを丁寧に支える日常は重要である。東京は大きさゆえに魅力があるのではなく、小ささがあるゆえに人が生きるに足る。それは、どの都市にもあてはまることではあるのだけれども。

佐野吉彦

木漏れ日の表情は、この映画の魅力。

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