建築から学ぶこと

2010/07/07

No. 236

きっかけが好みをつくること

音楽も美術も、人の感性にかかわる領域にある。どちらも、理屈抜きに楽しんでよいものであるけれど、ある特定の表現を美しいと感じるかどうかは、個人に備わる知識の基盤のあるなしが大いに影響するだろう。西洋音楽の文法が身体に存在することで音楽を受容する手がかりが生まれ、画法についての基礎知識が美術を味わうことを助けているはずである。それらを教養と呼んでしまえばスノッブな話になってしまう。要は、経済・スポーツ・地域の歴史と同じように、知っていることは、知らないことより何倍も興味が増すというものだ。

そのようなコモンセンスとは別に、対象への眼差しは、個人の経験に根差すところがある。政治にかかわる私の感覚に影響を与えたのは前回(第235回)のできごとだし、連続する音からの半音下がり、あるいは3連符への偏愛には、特別な記憶が蓄積しているように思われる。どのような空間でどのような美術と出会ったかも、その後を左右する。個にある「ゆらぎ」。おそらく、均質な知識の基盤と外れたところに始まるきっかけが、それぞれの趣向をさまざまにしてゆくのではないか。

そこで、ワインの話。いま携わっている「平河町ミュージックス」(第231回で紹介)は7月9日の第3回で春のシリーズを終え、秋のシリーズの準備に入っている。演奏会では、その日の音楽にちなんだワインをサーブする試みを続けてきた。用意されるのは、サントリーの山田健さんセレクトによるワインと、練りこまれた、「見立て」の言葉。第1回・沢井一恵さんの箏にあしらったのはバニラ香とかすかな辛味が溶けあう赤。草刈麻紀さん企画の、木管アンサンブルと「こんにゃく座」の役者が登場した第2回は、プレイヤーが空間を柔軟に使いこなしていたのが印象深かったが、このときは自然でふくよかな白が選ばれた。耳で感じる響き、眼で追う動き、舌に残る味の記憶。これらがクロスすることが、聴き手にとって新たな旅のきっかけとなるかもしれない。私自身の実感に基づく、「ゆらぎ」をつくる実験である。

佐野吉彦

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