建築から学ぶこと

2025/03/26

No. 960

未来をひらく知性―ふたりのグラック

人間文化研究機構による日本研究国際賞の第6回目がキャロル・グラック教授(日本近現代史)に贈られた。この賞は、同機構によれば「海外を拠点として、日本に関する文学、言語、歴史、民俗、民族、環境などの人間文化研究において学術上とくに優れた成果を上げ、日本研究の国際的発展に多大な貢献をした研究者」を対象とする。グラック教授は、日本の近現代史を世界史の文脈で解き明かす視点に立つが、その活動の中で国境を越えた連携が研究分野の発展に必要と捉え、結果としてその連携から両国で多くの人材が育った。
上野公園にある日本学士院での授賞式後、「戦争の記憶―80年後」と題した記念講演では、まず、戦争の記憶がしばしば国威発揚などの物語に利用され、歴史解釈が揺れ動きがちであることが語られる。さらに、今年は第二次大戦後80年なのだが、日本においては、その長さがいまだ過去になっていないことが指摘された。往々にして、日本では長さを強調することで変わらなさを重視しようとする思潮があるようだ。かつてグラック教授は、明治維新150年の2018年に、「150年の間であまりにも連続性を強調する視点には、もはや大きな変化は出てこないのだという自信の喪失が反映されているようにも思います」と述べていた(*)。明治以降には幾度かの戦争や激変を経験し、戦後にも幾度も非連続的な改革に取り組んだはずである。それらをすっ飛ばして単純な歴史に帰着させてしまってよいはずはない。グラック教授は、歴史分野だけでなく、現在をきちんと刻むことがより良い未来を導き出すと考えているのではないか。
この日の会場には、彼女の夫である建築家ピーター・グラック氏も姿を見せていた。私は両方に縁がある。講演を振り返って、彼に、未来を展望することは大事ですね、と声を掛けたら、それは建築も同じことだよ、との答が来た。現在「GLUCK+」という名の設計事務所を長男とともに経営しているが、彼らは、良い時期の日本の設計施工一貫の知恵を活かし、高い質の成果を生み出している。日米の知をつないできた得難いおふたりである。

 

(*)現代思想2018-6月臨時増刊号「明治維新の光と影」所載のインタビュー(聞き手:坂井秀人+成田龍一)

佐野吉彦

ピーター・グラックと

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