建築から学ぶこと

2008/08/06

No. 143

旅の意味

建築をつくるということと、旅にでかけることとは同義かもしれない。身近でない風景に身を移し、自己と自己の方法について掘り下げる経験こそ、旅と建築が同じように持つ根幹だと言えよう。そこで人は新たな可能性を見出すのだ。そこで研ぎ澄まされ鍛えられた感覚は、どの地においても仕事を全うしうる確信を呼び起こす。そこから生じる結果がすべて大成功でないにしても。

音楽家の場合はどうだろう。さきごろベルリン・フィルのアジアツアー(2005)を扱ったドキュメンタリー「Trip to Asia: The Quest for Harmony」(2007、独)を見る機会があった。ソウルや北京、香港から台北などを経由して東京に至る旅の記録である。サイモン・ラトルの指揮のもと、彼らのパフォーマンスは期待通りの成果をもたらしてゆく。このフィルムはその輝かしさを押し出すよりも、何人かの奏者のツアー中の表情を追い、その本音のコメントを引き出すことに重点が置かれる。彼/彼女らは旅の途上で何を感じたのだろうか。

実際、眼前のアジアの風景と出会っても、旅の合間に企画された、こどもたちへの指導やワークショップを通じても、彼/彼女の音楽に直接の影響を及ぼすことはない。彼らはこの旅でプロとして西洋音楽を自立的に奏しきることを目標とし、またオーケストラという実行組織の一員としての完璧な務めを果たすことを目標とする。意識は極めて高いレベルにある。一方でそれら目標との個人的葛藤に言は及び、また家族と仕事との関係について思いをめぐらしている。

アジアへの旅は、個々に重いテーマを投げかける機会となり、そのことによって都市ごとに異なる、厚みのある「組織としての表現」を生み出している。ベルリン・フィルが恵まれているのは、まず国際的な活躍の舞台を常に与えられていること。そして、奏者たちが自己と自己の方法について掘り下げ、そこから学ぶ機会を得ていることだ。

佐野吉彦

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