建築から学ぶこと

2015/04/29

No. 472

声は距離を乗り越えることができる

過日、福島県の北庁舎が着工した。今後の防災の拠点機能となるもので、同時期に建設される他庁舎が整えば、旧福島城址に位置するシビックコアの景観も充実する。そのような趣旨を地鎮祭の場で声にしたのは、神事を司った福島稲荷神社神官だった。類例のない分量の祝詞(のりと)に感銘を受けたことを伝えると、神様には具体的にお願いするのがいいのです、との答えがあった。神官は、建築をつくることとは、その土地の人々の願いを実現することでもあると感じていたのではないか。

この日の福島の<中通り>(福島‐郡山周辺)は春の穏やかさに包まれていた。帰りに書店で開沼博・著「はじめての福島学」(2015、イースト・プレス)を買い求める。福島県域の現状について、データをもとに穏やかに語る本である。農業生産も求人も震災前の水準に復元した一方で(全国屈指)、漁業はまだこれからだということ。人口減の傾向は、災害よりも、全国各地で起こっている現象と共通していること。これらの現実から、福島の課題は日本の課題でもあると指摘している(高齢者・女性・外国人の活用が不十分、など)。なお、福島に対する見解が極端に振れてきた背景を掘り下げてみたら、ここにも日本が抱える課題があったとも論じている(科学コミュニケーションなど)。冷静な本に出会ったのは幸せである。

とかく人は、離れた場所にある困難を紋切り型で断定することに熱心で、着実に乗り越える日々の営みをうまく想像できない。そのようなときに、その土地の「肉声」を聞く機会は有効だと思う。別の例で言えば、先日、内乱が収まらない中央アフリカ共和国の深刻さと、そこで取り組む努力のことを、現地にいる誠実な宗教指導者の(東京での)スピーチから知った。適切な回路は正しい認識を導くのである。

佐野吉彦

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