2022/12/14
No. 848
広域の社会と、属するコミュニティにおける、個々の人権の重要性への認識はこの10年で大きく深まってきている。もはやそれが真先に保証されない社会は正常ではないと言えるが、筒井清輝「人権と国家-理念の力と国際政治の現実」(岩波書店2022*)から引用するなら、<世界中の市民社会がここ数十年の間に身につけた「人権力」を発揮して、ボトムアップ式に自国で、そして世界中で人権を守る取り組みを続けていく時代に入ったと考えるべき>である。市民の意識が、世界に起こる困難、あるいは身近な障害を取り除く起点になり、グローバルに活躍する企業が自覚を持ち実践し、国家はその達成のためにリーダーシップを取る時代になったという次第である。
同著は、最終的にそうした理解へと読者を導くもので、現在に至るまでの試行錯誤の歩みを総覧する点では大きな意義がある。1948年に国連での世界人権宣言にたどり着いたあとは、苦境を潜り抜けながら普遍的人権システムのビジョンの実効性が鍛えられ、次第に国家や市民の意識を変えてゆく力を獲得する歴史は、感動的でさえある。貿易における公正性の達成以上に大きな努力を払った経緯は、世界が誇りに思って良いのではないか。
今日の、社会におけるマイノリティの尊厳確立、ルールの公正化といった具体的な課題を解決する力は、既存の意思決定プロセス、議論のフレームを変えるなどの創意を重ねたことで獲得できたものだが、そこにあったグローバルなせめぎあいや協調について理解しておくことは重要である。現代のわれわれはそこから先に駒を進めることになるのだが、言及しておきたいのは、社会を正しく支えるための建築のありようも、建築自体を創り出すプロセスも同じようにダイナミックに変わりうることである。人権についての考察と実践は建築の未来にとっても重要だと言えるだろう。
*同著は、2022年度にサントリー学芸賞と石橋湛山賞を受賞。