2011/06/29
No. 284
本棚に、20歳のころに読んだ「文化人類学入門 -人間の鏡-」がある。原著は1946年にクライド・クラックホ−ン(1905-1960)が著した「MIRROR FOR MAN: Anthropology and Modern Life」で、講談社現代新書に部分訳として収められたもの。その初刷の1971年は、日本において文化人類学が認知されるようになった時期と言えるだろうか。タイトルにある<鏡>の意味するところについて、本には「人間を研究する者は、その対象ばかりでなく見る目についても知らねばならない。人類学は、人間に対してある大きな鏡をかかげて、人間自身に、その変幻きわまりない姿を見せようとするものである・・」との言及がある。
文化人類学には言語体系や社会構造の分析を異文化のフィールドにおいておこなうという基本姿勢があり、研究室で閉じた作業を批判的に捉える視点があった。クラックホーンがこのくだりを書いた時代は、非西洋・非近代を対象とすることに興味が向いている。基軸はやはりそこにあるが、現代の文化人類学には、異なる文化の中に研究者が日常的に直面する問題を重ねあわせようとするものがみられる。クラックホーンが扱った相対的な世界観に基くアプローチは現代人に欠かせない教養であるが、それは文化の2項対立を乗り越える作業であることを越え、ひとりひとりが自らの思想を問い直す契機としても、十分な切れ味を有するものになっている。
私はこの学問に興味を持ちながら、建築設計の道をたどってきた。あらたな建築を必要とする地域文化や企業経営と向きあうこと、それを紐解いてひとつひとつ異なる建築プロセスをつくることは、文化人類学と魂が通ずる部分がある。そこで生まれる建築作品、それをつくる設計組織が、ある総体の<鏡>となっていることを感じてきたのである。