建築から学ぶこと

Learning from Architecture

感知する力を回復すれば...

  • No.675
  • 2019年Jun12日

地球の世紀では、現在は新生代の第4紀、約1万年続く「完新世」にあたる。そのなかで人間は時間をかけて、地球の表皮にあたる部分で生活の基盤を築いてきた。やがて18世紀末に至って産業革命が起こり、続いて人口爆発が今に至るまで続いてゆく。この急激な変化が地球環境に変化を与えないはずがない。それはすでに危機をはらんでいる。2000年、ドイツの大気科学者パウル・クルッツエンはこの局面に「人新世」(Anthropoceneアントロポセン)との名を提案した。人間は自然を利用しつつ、自らで完結できるロジックとストーリーで歴史を積み重ねてきたが、人新世では、人間と自然とが浸潤しあうだけでなく、システムとして深く関わりあうことになり、結果として環境における深刻な事態を引き起こしている。
 篠原雅武著「人新世の哲学」(人文書院2018)は、その様相を確認したうえで、さらに重要な指摘をおこなう。対象は「データで提示される現実像をたとえ頭では理解できても、それを本当に現実に起きていることとして、私たちの生活をも内包する世界にかかわることとして受けとめることがむずかしい」現状である。真の問題は、リアルな感覚の喪失、あるいは感知する力の劣化にあるのではないか。篠原氏は、人文学の視点から、さまざまな学問分野が人類と自然双方における危機を感じ取り、自らの思考や感性、言語を転換してゆくべきとする。適切な解決はその先に立ち現れてくるだろう。この本では、アートや文学が危機を上手に感じ取っている事例を、幅広く目を配りながら紹介している。また、建築が予見してきたことについても一定の評価を加えている。それらは、転換を導くための効果的な杖の役割を果たすとみているようである。
「人新世」という概念には、人間が持つ重い責任が明示されている。それはまた、人類が築いてきたさまざまな知の営為を再評価し、再統合を促す可能性がある。

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