2017/12/13
No. 602
アーティスト・荒川修作(1936-2010)は、ニューヨークに拠点を移した20代後半に、<意味のメカニズム>プロジェクトで頭角を現した。それを起点とし、身体と知覚にかかわる厳格な思考を続け、60台の半ばになって住宅の建設に意欲を燃やし始める。荒川は<志段味循環型モデル住宅>(名古屋市2003)を手始めに、さらに<三鷹天命反転住宅 イン メモリー オブ ヘレン・ケラー>(三鷹市2005)で取り組みを深化させていった。
9戸から成る集合住宅<三鷹天命反転住宅>は、荒川の問題提起のしなやかな結晶である。荒川は、ここで建築計画とは何かを問い直そうと試みる。数年にわたり、私と安井建築設計事務所は荒川の住宅シリーズに加わり、図面という社会的形式を整え、プロジェクトを着地させる役割を担ったのだが、そこでの議論は建築の本質に迫るものだった。荒川によれば、建築とは身体の感覚を研ぎ澄ませるものであるべきで、適切に建築をつくることによって、人の身体を正しい方向に変化変容させることが可能なのだった。
<三鷹>の竣工から5年経って荒川は亡くなり、さらに7年が経過したが、じつは当時始まった追究は継続している。その推進力を支えるのが、荒川アーカイブを受け継ぐ「荒川修作+マドリン・ギンズ東京事務所」による継続的な努力である。かれらは<三鷹>を細やかに管理し、ワークショップや講演会などを絶え間なく設営し、作品の価値を伝え、投げかけた課題を社会と共有する役割を果たしている。それを取り巻くように、荒川と交友があった幅広い分野の学究による、荒川の生涯にわたる追究を検証する作業群がある。これまで個別の著作が生まれたほか、関西大学による「荒川+ギンズ[建築する身体]をめぐる考察」研究ユニットが現在進行中である。それらは荒川による問題提示のさらなる展開を生み出すであろう。
また、<三鷹>には世界中からの多くの見学者が訪れ、荒川が構想した空間を楽しんでいる。興味深いのは、かれらそれぞれが荒川を偶像化せず、身体と世界とのあいだに横たわる大きな課題を掘り下げようとしていることだ。<三鷹>は人を触発し、育てる建築になっているのである。
参考:「三鷹天命反転住宅ーそれはまだ、終わりなき夏」(佐野吉彦/建築ジャーナル2017.12)
画像提供:荒川修作+マドリン・ギンズ東京事務所
Reversible Destiny Lofts Mitaka – In Memory of Helen Keller, created in 2005 by Arakawa and Madeline Gins, © 2005 Estate of Madeline Gins.