建築から学ぶこと

2010/02/03

No. 215

水とともに在ること

久しぶりに冬の金沢を訪れる機会があった(訪問自体もこの連載の第12回以来だ)。市内には積雪はないけれど、どんよりとした空から、さまざまな水のかたちが降りてくる。30年以上前に最初に金沢を歩いたときと同じく、驟雨がみぞれに変わったり、さっと青空が覗いたり。そのおりには、いきなりの雷にも遭うめまぐるしさにとまどったことを懐かく思い出した。金沢の地表では、微妙な起伏をたどってゆくいくつもの用水が、まちに細やかな表情を与えている。その日の夜は金沢の建築家・新村利夫さんをお祝いする日本建築家協会北陸支部の会合であった。大学を卒業した新村さんは、後日承継することになる五井孝夫さんの事務所を初めて訪ねたとき、師の人柄とともに、犀川の清流とそこにゆったりと泳ぐ魚が印象深かったという。どうやらこのまちは、水が人生を導き、水が人心を豊かにするところのようだ。

この日はまた、金沢21世紀美術館は「オラファー・エリアソン展」が開催されていた。巧みな幾何学、乾きと湿り。香るような光のテクスチュア。そこにある多様な作品は、目に見えない、いや見えているのに気づいていない、微妙な差異を可視化してみせる。感銘を受けるのは、その高度な仕上がりよりも、そこで観衆が特定の空間に在ることの意味を自然なかたちで認識させていることだ。手を伸ばさずとも、首を動かさなくとも、自己というものは確実に存在することを知り、人が空間や世界とかかわりあっていること、そうしてそれらのあいだにある作用から来る手ごたえを感じるのである。それは深々とした哲学であり、連詩というべきものだ。さて、SANAAの設計としてよく知られている、美術館の独立配置された展示室群を移動するとき、中庭に起こっている例の「さまざまな水のかたち」のバリエーションを垣間見ることができる。人はそうして、風景に心を揺らがせ、まちと呼吸をあわせながら、自己を発見することになるのだ。

佐野吉彦

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