建築から学ぶこと

2008/10/08

No. 151

受け継ぐモダニズムの遺伝子

私は小学校低学年まで、安井武雄が設計した住宅に近接した、佐野正一がつくったモダンスタイルの別棟で育った。それは夙川という郊外住宅地にあり、ここで安井武雄は、戦前の昭和のモダニズムを象徴するような住宅を設計し、明瞭なメッセージをこめた。その住宅は進駐軍に接収されたけれども、隣地にもう少し穏やかな味わいの住宅を晩年につくった。それは若き日の大連での仕事と共通した空気の階段を有していて、建築家としての活動の循環をそこで閉じる作品となった。

一方、国鉄を辞して岳父・安井武雄の後継となった佐野正一は、同じエリアにおいて、独立した建築家としてのスタートを見える形にして宣言したことになる。モダンスタイルの住宅は同級である池辺陽の住宅にも通じる、その時代らしい革新的精神を宿していたと思う。安井武雄のモダニズム観に対し、佐野正一はまず戦後のモダンによって向きあったのである。

幼少時の私は、安井宅と佐野宅に囲まれた狭いスペースを縄張りにしていた。そこで遊んでいると、何度か、近くに住む紳士然とした人物の訪問に出くわすことがあった。須賀です、と名乗っていたその人の用件は知らなかったが、深々とお辞儀をされる、丁寧な物腰がいまでも印象に残る。その須賀豊治郎氏は、かつて安井武雄の志を助けてガスビルを完成させた立場にあったが(須賀商会として=現在の須賀工業)、欧米の本質について具体的な事物を通して的確に理解していた人でもあったようだ。

その長女である作家・須賀敦子のエッセイのなかに、戦前の夙川に次々と登場したモダニズム建築への関心が示されている。そこにはおそらく豊治郎氏の影響もあるだろう。やはり夙川に多かったスパニッシュスタイルの良質な住宅で育ち、モダニズムへの憧憬を強く抱いた、次女の夫である建築家・北村隆夫にもまた影響が及んでいる。それはこの地にあって、志を強く受け継ぎ、そして本当に優れたものに敬意を抱く姿勢。北村にリレーされた視点は、さらにその女婿である私に流れこむ。

佐野吉彦

アーカイブ

2024年

2023年

2022年

2021年

2020年

2019年

2018年

2017年

2016年

2015年

2014年

2013年

2012年

2011年

2010年

2009年

2008年

2007年

2006年

2005年

お問い合わせ

ご相談などにつきましては、以下よりお問い合わせください。