2009/01/28
No. 166
アメリカ大統領の就任演説は、これまでの歴史をふまえ、統合を呼びかけ、基本原理を語って、未来を示すという形をとる。オバマ大統領のそれも、基本的にはそのスタイルを崩していない。「われわれは旅の途上にある」という言いまわしは印象に残るものだが、苦難の冬の中を希望と美徳をもって歩き続けよう、とビジュアルなイメージを喚起するところは巧みだ。別のところでは、時間の流れに従ってコンコード(独立戦争)、ゲティスバーグ(南北戦争)、ノルマンディ(第2次世界大戦)、ケサン(ベトナム戦争)と地名を挙げてゆき、国のために戦った者を称えた。アメリカの物語を、こうした土地をめぐる旅によって読み解き、聞き手に具体的なイメージを与えている(ここでは、公民権運動に関わる歴史については、あえて言及していないようだ)。
地名を使う手法は昨年11月の、選挙の勝利演説にもあった。「われわれの選挙キャンペーンは、デモイン(アイオワ州)の裏庭や、コンコード(マサチューセッツ州)のリビングルームや、チャールストン(サウスカロライナ州)のポーチから始まった」と具体的な情景を描いてみせるところだ。これらは、アメリカのありふれた風景を満遍なくカヴァーしているが、多様性を示すだけではない。それぞれは開拓、最初の移民、奴隷制といった歴史とリンクするものでもあり、頭の中にうまく画像が結ばれる。入念に組み立てられたメッセージである。
このように、歴史を確実に押さえる一方で、オバマ大統領は、周到に当面の公共インフラの投資、たとえば道路や橋、配電網やデジタル回線の構築について言葉を繰り出す。環境にかかわる投資の積極化についても、話が及ぶ。ただし、そこに「われわれの商業に栄養を与え、人々を結びつけるために」というアメリカの未来を示した文節を添えることを忘れない(ちなみに、橋にはアメリカの飛躍を象徴する詩的イメージがある)。技術は、技術のためでなく、人のためにある。彼の演説は配慮が行き届いていると評価されているが、このようなところにも典型が見られる。