建築から学ぶこと

2022/09/14

No. 835

月に宿らせるもの

現代の作曲家が能に触発された作品を手掛けている話を、第832回で紹介した。かれらは、そこからハーモニーのありかたを問い直すヒントを得ようとしている。それと同じようなビジョンで西洋音楽と日本の古典を重ね合わせる試みが、大阪の山本能楽堂の舞台で実現した(9月12日)。公演のテーマに「月」を置き、世界的に名を知られた指揮者であるケント・ナガノさんがアーノルト・シェーンベルクによる歌唱付き室内アンサンブルの傑作「月に憑かれたピエロ」を、メゾ・ソプラノ藤村実穂子さんとともに演奏する。それを流れの前後から挟むようなかたちで、観世流能楽師・山本章弘さんと能楽師たちが、今昔物語の「月とうさぎ」を題材とした新作能「月乃卯」を演じた。
古来、「月」は、人の心を映し、また慰めるものと言われている。自己犠牲をするうさぎも、心傷ついたピエロをも受け止めるのが月である。能が持つ表現手段は、20世紀初頭のウィーンでシェーンベルクが描き出した精緻で濃い音楽世界と不思議にシンクロしていた。そこには高い芸術性の出会いもあるが、苦境にある人々に温かなメッセージも包み込む。この舞台の発するメッセージは、「月」を象徴として、困難な世界に希望をもたらすために手を携える意味あいを宿している。
今回、室内アンサンブルと指揮者は、能舞台を降りた白州部分に「床」を置いて位置取る。その存在と、そこから発する精妙な音は、あたかも薪能の炎のように美しくゆらめく。実際には舞台演出や音のバランスづくり、照明などにおいて、すぐれた「つなぎの人材」を起用して高度な成果を導き、演者をうまく引き立たせているのが素晴らしい。東洋西洋それぞれに備わるミニマルな芸術表現を切り出し、ビジュアルとしても豊饒な香りのある出色の公演であった。

佐野吉彦

シェーンベルク(1874-1951)「月に憑かれたピエロ」(1912)

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