2006/11/08
No. 57
王雪萍さん(慶應義塾大学講師)が講演で紹介した「留学経験のある中国人」の話は興味深かった(10月10日、国際交流基金にて)。政府の中枢に多くいる<アメリカ帰り>はとかく闘争的で、政治に向いている。それに対し<日本帰り>は留学先で謙譲の精神を身につけてしまったので、現代中国では比較すると発言が目立ちにくい、というものである。これはその人が優秀であるかどうかとは関係ない。政治分野については成功しにくいだけの話。それ以外では日本の美質とされる面を継承した人たちがたくさんいて、彼・彼女らは中国の発展に寄与し、また日中の橋渡しの役割を果たしてくれている。
留学に限らず、国際的な交流を経験すると、人はそこからいろいろな影響を受ける。これをあいつはアメリカナイズとか中国贔屓、というような言い方で揶揄するのは間違っている。本人は自らが変わる機会を進んで求めようとしたのである。結果として経験以前とは異なった自分に変化・成長し、新たな視点を獲得しているはず。それは国にも地域社会にも活力をもたらすものとなるであろう。
にもかかわらず、日本国内には攘夷的な議論が散見される。「内向きな」指向を持つ人が、とかく国際関係とはパワーゲームだと捉えがちなのは悲しむべきことである。対立に持ち込む前に交流する関係が先立てば、お互い自然に合意形成・協力関係を模索することになるだろう。もっとも、そう力説するほどの話ではないかもしれない。たとえば建築家でも学者でも軍人でも、おなじ職能でメシを食う同士は結構ウマが合い、一緒にいて楽しいもの。むしろ国際的な交流は専門家の職能意識・責任感を醸成する上で好ましい効果もある。
さて、最近訪れた上海はいつ来ても興味深い場所だ。この巨大都市の景観のめざましい変化には驚くが、この都市は日々国際的に受発信しあうなかから、安定的なシステムがかたちを整えてくることを予感した。本当に驚くべきなのはそっちのほうであろう。ついでに言えば、日常的に国際的な刺激のもとにあることは、中国内の他の地域との格差を広げているようでもある。