建築から学ぶこと

2022/06/01

No. 821

その人の背骨と筋肉―吉阪隆正展

「吉阪隆正展 ひげから地球へ、パノラみる」(東京都現代美術館-6/19)は、吉阪隆正が建築家の枠を越えて拡げたフィールドを、あちこち目移りしながら楽しむ展覧会である。直接薫陶を受ける機会はなかったが、学生時代の私は、吉阪の作品「アテネフランセ」に駿河台の景観を変容させる魔力を感じ、国境をまたぐ活動の記録や論述に触発され、大学内の板ばさみの立場で著した「告示録」に揺さぶられるものを感じた。あらためて展示で振り返ると、当時の私はそこにある健全な重層性に関心を引かれたことを思い出した。吉阪のベクトルは多方向であったゆえに、結果が一貫していない部分がないわけではないが、一つ一つのアクションが勇気を与えてくれる稀有な存在だ。

吉阪は山に向かう心根を語るくだりで、「山の無言の教えがまた私の良心を育てる。美的感覚と詩情を養うとともに、そこでの困難を乗りきるための正確な技術を習得していった。するとますます山に戻ることが、私の良心をたて直す機会になってゆく」と記している(展示)。ある時期山を目指していた私には腹落ちした言葉だが、吉阪は、山のことを、日常の課題に取組む背骨が曲がっていないか、筋肉が衰えていないかを自己確認できる場所と捉えていたのだろう。その思想には筋の通ったところがあるのだ。

別の日に、八王子にある「大学セミナーハウス」を訪れた。ここには中核に座るシンボリックな本館に、趣の異なる建築群が取り巻き、吉阪が標榜する「不連続統一体」のありようをわかりやすいかたちでたどることができる。吉阪とU研究室の設計プロセスは多彩な成果を生み、ひとつひとつのアプローチが真摯である。訪れた学生が何に反応するかによって、その人生は大きく変わるのではないか。いまも若者を、いや昔の若者さえも挑発し続けている建築群である。

佐野吉彦

大学セミナーハウス本館

アーカイブ

2024年

2023年

2022年

2021年

2020年

2019年

2018年

2017年

2016年

2015年

2014年

2013年

2012年

2011年

2010年

2009年

2008年

2007年

2006年

2005年

お問い合わせ

ご相談などにつきましては、以下よりお問い合わせください。