建築から学ぶこと

2016/04/13

No. 519

春ふたたび、花ふたたび。

この季節を代表する歌が<春のうららの隅田川>で始まる「花」である。世に登場したのは明治33年(1900)で、4曲で構成される歌曲集「四季」の第1曲に置かれていた。ほかの3曲は影が薄くなっており、この歌だけが生き残った。発刊当時、作詞の武島羽衣は28歳、作曲の滝廉太郎はさらに若く21歳。至るところにみずみずしい情感があふれている。
さて、「花」の一番の歌詞に<上り下りの船人が>というくだりがある。普通、渡し舟が散見するのどかな情景をイメージすることが多いと思う。実はそう見えていたとしても、川の流速を3-4km/hと推定すれば、上りの船人にはずっしりと運動エネルギーと位置エネルギーがかかる(ボートレースを模写したという説もあるが、ヘビーさは同じだ)。加えてこの時期にはまだ荒川放水路が開通していないから、水量も現在よりはずっと多かったはずである。もしかして武島羽衣は現在の隅田川本流ではなく、静かな支流の光景から言葉を紡いだのだろうか。
また、別の可能性がある。そのころの隅田川では明治18年(1885)に蒸気船の運航が始まり、明治33年(1900)には船会社が乱立状態に達したとの記録が残る。渡し舟よりスピードが出る蒸気船によって、上り下り大混雑の隅田川が眼前にあったかもしれない。だがその後、鉄道が急速に発展してあっという間に水運は廃れ、のどかな情景に後戻りする。そのような、明治中期に起こった<蒸気船バブル>と<交通の主役の交代>という激変を下敷きにしてみると、歌への興味は一層増す。
その後、沿岸は震災と空襲で灰燼に帰したり、戦後の都市発展で川の魅力が失われたりする時期を経て、隅田川のうららかさはやはり健在である。歌は確実にそれを支える力になってきたと思う。

佐野吉彦

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