建築から学ぶこと

2006/03/01

No. 23

手は語る

最近開催の前川國男建築展では、彼の思考回路をスケッチ(エスキース)によってたどることができた。概して故人のスケッチは、ぬくもりが想起されて楽しいものである。片や、「Architects’ Drawings」(Kendra Schank Smith著)は、建築家のスケッチの歴史を鳥瞰した本。著者によれば、中世に至るまでのスケッチは建築をつくる手順書でしかなく、ルネッサンス以降のスケッチで初めて建築家の方法論が示される。言い換えれば、建築家とスケッチは相携えてその存在を確かなものとしてきたわけである。同著は見開きの左にスケッチ、右はその解題という構成によって、レオナルドからザハ・ハーディドやコープ・ヒンメルブラウに至るまでのスケッチを読み解く。目につくのはブーレ、サンテリア、タトリンなどの、良く知られた筆跡。その多くはかたちとして実現していないかわりに、訴える力・理論には切れ味がある。一方で、パクストンのクリスタルパレス、エッフェルのタワー、ジェファーソンのモンティチェロなどのスケッチは興味深いが味がない。彼らは純粋な建築家ではないのだが、人を動かす術があったようで、かたちは実現して影響力を残した。皮肉なことである。

ところで、ほとんどのスケッチは、特殊な状況下で描かれる。切羽詰った現場において、あるいは人待ちのバーのカウンターで。瞬時性がパワーを持つ。ロブ・クリエのように、スケッチが作品としても自立できるものは希であろう。かたちとテクノロジーをいかに結びつけるのか、対立点をどう止揚するのか。スケッチは模索であり、決断である。そのことは時代が変わってもレオナルドやピアーノのスケッチに共通しているのが面白い。

日本の建築家では、伊東忠太、安藤忠雄、原広司、そして安井武雄が紹介されている。彼らの軌跡のなかでどう技術の制約を乗り越え、時代の先取りをしてきたかが解き明かされている。確かに、スケッチは途中経過には違いない。だがそこに建築家としての強い思いがあるかないかを垣間見ることができる。

佐野吉彦

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