2014/06/18
No. 429
われわれが過去の歴史を学ぶ意味とは、自らの手でこれからの歴史を生み出すための基盤をつくることではないか。そういうコメントを、建築史の研究室に属したあと建築設計に携わっている人へのお祝いの場で話した。あなたはすばらしい教育を受けたのだ、と贈ったメッセージであった。その次の日は(一財)国際建築活動支援フォーラムの用事で、自ら発案する国際活動の助成希望者へのインタビューに参加し、私は審査の側にいた。希望者がそれぞれ取り組もうとしている、国内経験をどう海外で活かし、海外の経験をどう国内に持ち帰るのかのチャレンジは聞いていてどれも興味深かった。このような、技術者にとって一見遠回りする経験というものは、ひとりひとりが懸命に向きあうことによって、自分が本当に目指す場で花開くものだ。
さてこの同じ週に、佐野正一のお別れの会があった(3/20逝去、93歳)。建築家としての佐野の功績は、岳父・安井武雄が創始した設計事務所のバトンを受け、それを継承し発展させたことと要約できる。そこでは国鉄時代に身につけた組織論と、駅舎設計における論理的アプローチが活きた。国鉄を離れたことは佐野にも事務所にとっても好ましい刺激を与えたのである。これこそは成功した遠回りであると言えよう。会の開催日(6/12リーガロイヤルホテル)は、そうして成長した設計事務所がさらに次の時代にバトンを受け継いだことを確認しあう日となった。第一会場は花と緑でやわらかいイメージをつくった祭壇で故人ゆかりの六甲の山並みを表現し、第二会場は社会に貢献した建築の成果を総覧する構成とした。バックではモーツァルトの長調の曲を演奏してもらい(クラリネット五重奏曲)、湿っぽさを排した。
設営は私の構想による。佐野正一の歴史を正しく整理して位置づけることは私にとって重要な作業だが、その日のためにデザインしたすべてが、結果として私が目指す空間のありかたを象徴するものとなった。私自身もいろいろと日々遠回りしながらこの事務所の駒を前に進めてきたのである。