2006/09/27
No. 51
大阪市主催のセレモニーでは、冒頭に<大阪市歌>の斉唱がおこなわれる。こういう場に出るまで私は<市歌>があることすら知らなかったが、これがなかなかよくできた歌詞で、歌ってみると弾みもある。公募で選ばれて大正10年に制定された市歌の歌詞は「高津宮の昔より代々の栄を重ね来て 民のかまどに立つ煙 にぎわいまさる 大阪市」というのが一番。これは仁徳天皇の善政、すなわち民のかまどの煙が少ないのを見て免税を決め、民の繁栄を導き出した故事をふまえている。民の煙と工業都市大阪の煙に同じ繁栄のイメージをまっすぐに結びつけており、壮大さが感じられる。何せ、その間の英雄・豊臣秀吉や、近松門左衛門も緒方洪庵といった知性もすべてすっ飛ばしているのだ。
江戸末期には各地で「名所図会」がつくられ、一種の観光ブームとなった。有名なのは「江戸名所図会」(1834-36)で、大阪のガイドである「摂津名所図会」(1796-98ごろ)は、この仁徳天皇の故事から始め、まずは天皇に十分な敬意を払っている。そこに市歌の背景がある。もっとも、仁徳天皇を祭神とする高津宮(歌にあるのは都の名だが、これは神社の名)が江戸時代には庶民に人気のあった社であったことも、市歌に登場するゆえん。どうやら創始の人物は、ごく親しみやすい印象を持たれていたようだ。他の都市で言えば、ローマの建国の雄、双子の兄弟・ロムルスとレムルスのような感じである。
さて少し前、東京と福岡が2016年オリンピック国内候補地をめぐって競った。それぞれの首長は都市の持つ魅力的なイメージを掲げ、会場には「来る時代の名所図会」が展開されることになった。建築家が目に見える形で役割を果たしたのは画期的だったが、再編されるべき都市像のアピールに首長が乗り出すのも画期的である。実現することになったら、双方の首長とも、仁徳帝のような伝説の存在になるのだろうか?