建築から学ぶこと

2008/03/19

No. 124

田中さんと太田さん

田中恒子さんは懐の広い教育者である。それと同じくらい、あるいはそれ以上に現代アートのコレクターとしてのほうが知られているかもしれない。その田中さんのあまたあるコレクションのなかから選び出されたのが「向き合えば省みる心—田中恒子コレクションによる太田三郎展」[3月23日まで、ギャラリーすずき(京都蹴上)]だ。今回展示されているのは、歴史に翻弄された、あるいは歴史が生み落とした肖像写真などを切手のかたちにして表現したもの。太田さんにはステーショナリーという形式を試みたものもあるが、親しみやすい形式によって重いテーマを伝達しようとしている。

帰らざる兵士、中国残留孤児。さらにまた、人々からその記憶が消えてもなお歴史を語り続ける、広島の被爆地蔵。それらを追い求め続ける意思と、丹念に伝え続けることへの責任感が、綺麗な仕事のなかにおさめられている。誰かがそれを書き留め、未来に繋げなければならない、と太田さんは解説の中でこのテーマについて記している。

さて、展示の初日。会場の真ん中には、田中さんと太田さんが楽しげに並んでいる。田中さんは作品の所有者なのではあるが、「私は作家からエネルギーをもらっているのだから、作家に感謝しているコレクターなのです」と語っていた。作品自体の価値を深く認めつつ、作品の持つ作用に意義を認めているということだろうか。この両者の間には健全なコミュニケーションが生まれていることが感じられる。でもふつう、コレクターと作家それぞれは、またはお互いの関係は、これほどには開かれてはいないのではないか。その日会場にいたインディペンデント・キュレーターの加藤義夫さんによれば、社会性を備えた両者はある意味で例外的。どちらかというとコレクターや作家は変人であったり、トラウマにとらわれていたりするらしい。ま、一概には言えないけれど、そんな話をしながら、にこやかに交歓した。アートが引き起こす磁力はただものではないことがわかる。

佐野吉彦

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