建築から学ぶこと

2008/10/15

No. 152

教養をめぐって

名古屋大学大学院の福井康雄教授(天体物理学)の講演を聞く機会があった。宇宙の始原を説きあかし、それにかかわる観測研究の最前線を紹介するものである。私はワクワクしながら話を聞いたあと、こうした天文学の取り組みは、現代の政治家や経営者にとってどういう意味を持つのでしょう、と質問してみた。福井教授は、今日の話は歴史について語っているわけであり、これは現代人にとって必要な知的基盤だと考えられる、という答えが返ってきた。

いま、現代日本人が基礎的な教養を欠くことの指摘がしばしばある。ただ、多くの場合、文系の知識の多寡を想定していることが多く、理数系についての議論を避けているように思われる。結果として、世間で知的なリーダーとされている人物が、科学における画期的な出来事が起こったときに、この方面は疎いからとコメントを避ける姿を許してしまうことにつながる。急場しのぎでも知識は仕入れるべきだが、この調子では理数系の裾野を広げる動きが起こらない。

そんなおり、ノーベル物理学賞と化学賞の受賞者リストに日本人の名前が輝いた。受賞当日の新聞は、本人や所属大学の喜びの声について紙面の多くを割いているにかかわらず、驚くべきことに、対象となった研究についての記述がほとんどない。ノーベル賞の公式サイトにあるプレスリリースを読めば研究内容と受賞理由は一目瞭然なのに、明らかに記者はこれを軽視している。日本人がいったい何を誇りとすべきかを、報道は読み手に正しく伝える責務があるのではないか。今こそ知的基盤を拡げる格好のタイミングであるのに。

南部・益川・小林教授たちが取り組んできた研究の名にある「自発的な対称性の破れ」という奇妙な日本語は、「The spontaneous broken symmetries」という英語表現を読むと分かりよい。素粒子がぶつかりあい、自然なかたちで対称性が壊れて世界に多様性が生まれる状況をうまく説明できている。これはつまるところ歴史物語なのではないか。理数系の知的基盤形成のために、スポーツ中継のようなわかりやすい解説は可能であろうし、そのための努力を重ねるべきであろう。

佐野吉彦

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