建築から学ぶこと

2016/11/09

No. 547

20世紀末の、構造改善の時代

構造改革、構造改善というフレーズは歴史が古い。構造改革論といえば、資本主義国における社会主義的変革にかかわる新たな理論だったし、小泉首相が唱えていた「構造改革なくして景気回復なし」も良く知られている。大胆な局面転換を図ろうとするこの言葉は少なくとも半世紀を越えて使われ続けてきた。社会や産業の構造は、少しずつは変わってきているので、長年使った効果は出ているかもしれない。
さて、内田俊一氏は、1985年のプラザ合意から1980年代末の日米構造協議のシビアな時局を受け、建設省に設置された初代の建設業構造改善対策官である。結果的に90年前後は建設業の構造が変わる転換点になった。市場の開放があり、バブルの崩壊があり、入札制度改革やコストの透明化への流れもこのころに道がつくられた。当時、日本青年会議所建設部会(本年で設立50周年)が活動テーマのひとつに掲げていた<建設業のイメージアップ>は、そんな時代の空気を背負っていた。内田氏は30代の建設人たちの問題意識に理解を示し、建設業の変革や継承における課題についてともに取り組んだのである。その後内田氏は、内閣広報官、内閣府事務次官、初代消費者庁長官を歴任、現在、建設業振興基金・理事長を務めるなど、「構造改革」の旗手であり続けている。
過日、その内田さんが聞き手を務めながら、私と、松井建設の松井隆弘社長、高松建設の高松孝年副社長とでトークをおこなった(この3人は日本青年会議所建設部会に在籍した)。内田さんは、鋭い切り口で高齢社会、担い手不足、建築の長寿命化への流れに向き合う経営者から答えを導き出そうとしていた。時代背景も建築をつくるプログラムも25年前と変わっているが、同じように変局点にいる。それを乗り越えるための、技術と着眼点のあらたな組み合わせ。そして、そこから市場をどう作り出すかが鍵となる。

佐野吉彦

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