2016/08/24
No. 536
和歌山城本丸と向きあう丘に建つ和歌山県立近代美術館は、良質のコレクションに恵まれている。良いものを見定める眼のある人が、和歌山の資産家や実業家にたくさんいたことは幸いだし、それぞれの所蔵作品が散逸せずにこの美術館が受けいれることになったのも幸いである。美術館の運営に気骨があったというべきだろう。そのなかで2012年に、860点を越える田中恒子コレクションが新たに加わってよりパワフルなものとなった。田中さんは住居学者にして優れた教育者。それ以上に国際的に知られた現代美術のコレクターである。「新しい作品に出会うと、今まで自分にも見えていなかった私の一面が見える想いがします。生きているのが楽しいのは、変わり続ける自分に出会えるからだと思っています」と田中さんは記している(*)。田中さんには多くの隠れた作家を発掘した功績があるけれども、君臨はしない。「コレクションは私を表現する」という言葉によって、現代美術とともに暮らすことの意義を素直に解きあかしているように思われる。そうして田中さんが時をかけて慈しんだ作品が和歌山県立近代美術館に寄贈されたのは、この美術館への心からの信頼があったという。
さて、この美術館では「なつやすみの美術館」という好例の企画展示が2011年から続いている(今年は6回目:7/2-9/19)。今年のテーマである「きろくときおく」に沿って、異なる時代に生まれた作品に潜む意味を考えさせる好企画だ。美術入門的なねらいがあっても展示内容に深みがあるのは、太田三郎や中西信洋らの作品(いずれも田中恒子寄贈)にあるメッセージの力ゆえだ。これらの作品がなければどうなっただろう。いや、これらの作品を上手に扱うことのできる美術館の力量こそ称えたい。それを確かめるだけでも和歌山に出かける価値は十分ある(ちなみに美術館の設計は黒川紀章である)。
* 寄贈前の2009年開催の「自宅から和歌山へ 田中恒子コレクション展」カタログ