建築から学ぶこと

2006/04/05

No. 28

村上春樹は世界をつなぐ

過日、作家・村上春樹がフランツ・カフカ賞を授賞した。受賞者はノーベル文学賞に近いと言われ、村上文学の普遍的な評価も高まりを見せている。すでに世界の30以上の言語に翻訳されており、熱烈なファンが拡大しつつあるようだ。台湾では喫茶「ノルウェーの森」がいくつも現れたり、韓国では村上の作品中のレシピの本が出たり、作品に出てくる音楽が聴けるサイトができたり、と盛り上がっている。国内でも村上は売れっ子には違いないが、どうやらそれぞれの国では一途な若者の心情を代弁する存在、不安定な気分を救済する存在として、村上は位置づけられているらしい。

私は村上ファンとは言えないが、ずいぶん読んでいる。ただ、彼の作品に普遍性があると言われると、ちょっと不思議な感じがする。おそらく翻訳されること、さらにそれが他の言語に重訳されることで、結果として世界的なひろがりを獲得したのではないだろうか。四方田犬彦氏は、村上のどの作品がどの国で翻訳されているか、村上作品が翻訳されていない国がどこかを見ると、その国の政治的な状況が反映していることがわかる、と言っている。確かに、国際的な伝播というのは、受信側の意思に委ねられる側面があるだろう。

建築はどうかと言えば、中国の学生は、安藤忠雄や妹島和世のかたちの切り出し方に、激変途上の現代中国に明瞭な解答を示すイメージを持つ。かたちはダイレクトに伝わるはずだが、ある国では先鋭的とみなされ、別の国では東洋的アプローチとみなされることがある。いずれの場合も、彼らの視点をどう自国の現状に取り込むかを考えているようだ。

ところで、村上と同じ阪神間に育った私には、村上文学にある透明さとリズム感にこの地方にある光と空気を感じてしまう。同様に言えば、安藤や妹島の空間づくりにもそれぞれの原風景を慈しみ育んだ系譜があるように思う。仮説だが、彼らが普遍性を獲得できたのは、そうしたローカリズムの根っ子が醸しだす安定感があるからではないか?

佐野吉彦

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