建築から学ぶこと

2011/06/01

No. 280

ここは腰を据えて考える局面

モダニズムがつくりあげてきた都市観を問い直す戦いを制したのはどちらだったか。ニューヨークの都市政策を推進するロバート・モーゼスに、敢然と挑むジェイン・ジェイコブズの戦い。両者をめぐる、ニューヨークを舞台にした開発対保全の3番勝負を活写したのが「ジェイコブズとモーゼス」(*1)である。モーゼスには明瞭な都市成長・改革ヴィジョンが備わり、ジェイコブズには彼と戦うなかで組み上げてきたしなやかな活性化理論がある。最後の勝負の1968年には、時代の思潮と一体となったジェイコブズが、確実な成果を手に入れることになる。ただ、それは一方的勝利というより、一連の闘争のなかにあった理論的な抜きあい差しあいを通して健常な都市観が育まれるプロセスではなかったか。舞台に居たのは、どちらも個性的で真摯な役者であった。

皮肉なことに、思想とは相反していてもいつかは現実的な合意点を見出せるものである。そもそも、国土計画や都市計画は、果断を旨とすべきものがある一方、時間をかけてゆっくりと合意形成すべきものがある。震災復旧は前者にあたるが、自然エネルギーを用いた国土づくりなどは、さまざまな視点からきちんと議論を詰めたほうがいい。ニューヨークでは時間を思いがけず要したかわり、長続きする思想が生み出されたということがわかる。少し話はそれるが、越澤明・北海道大学教授が「国の役割は法制度と財政面で普及・復興を全面支援することである。国の税金で支援できる範囲と年限を早急に明示して強い意思表示を行うことが、地方分権下で必要とされる国の復興政策、国のリーダーシップである」(*2)と述べているのは参考になる。日本国の今はどうなっているだろうか。

ニューヨークで起こったことは、地域地方の将来をどう捉えるかについての当事者による知的闘争と言えた。自らの都市が守るべき価値と、切り拓くべき価値は、多くの市民による真剣な検証によって発見されるべきであろう。災害からの再生についても、将来の都市像・地域像を描くための地域の自立性が試される機会となる。

佐野吉彦

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