建築から学ぶこと

2020/06/24

No. 726

専門家の仕事、現在と未来。

春は、いろいろな宗教で主要行事開催のシーズンである。ところが集会を避ける観点から、約3か月にわたって施設での祭事が中断され、ようやく6月になって再開の動きが出た。宗教は信徒に向けて、時代に流されない、普遍性ある言葉を伝えるもので、個人はそれぞれが置かれた事情に引き寄せながら理解するものである。時には具体的な言葉でなくても、宗教空間から作用する静かなメッセージに感応することもあるだろう。おそらく、そうしたゆるやかなやりとりのなかで人の心は穏やかさを取り戻すのだ。このごろは、工事での神事もだんだん開催されるようになったが、参列するそれぞれがひときわ思いをこめるというのが建築プロセスの常套だと言える。このように、不安が大きいときに宗教と聖職者の役目はとても重要だと思う。公的機関からの情報発信が事実だとしても、ひとりひとりの<固有な事情>まで踏む込むことはないからだ。

公的機関は感染症から社会を防衛するために有効な動きをしたが、人それぞれの反応は「ケース・バイ・ケース」ではなかったかと臨床心理学の東畑開人さんは述べる。そして「心理士の仕事は、時代の速度で歩けなくなった人とともに、その人固有の速度を探す仕事だ」との実感を抱いている(朝日新聞6.18)。同じような意味で、ある医師は、医療統計は重要であるものの、医師の仕事は個別の患者と向きあうことが基本だと語っている。建築士も概ね同じことがあてはまるだろう。今回の感染症を通じて、専門家が自らの立場において個に働きかけることが大事だとわかった。

一方で梅棹忠夫さんは、医学の文化史的な発展を眺めながら「医学は、ここから先は宗教の領域として、魂の問題にあえてふみこまなかったのではないか」と考察してみせる(梅棹忠夫の「日本人の宗教」淡交社2020)。梅棹流の比喩表現を借りるなら、医師も宗教家もどの専門家も、「ユーザー」ではなく「ディーラー」の眼から社会を見てしまうおそれがある。危機に瀕する局面では、専門家は自らの視点や行動範囲を拡げて動く必要があると感じる。

佐野吉彦

時を経ても新鮮な、梅棹さんの切り口

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