2022/05/11
No. 818
マリンバ/木琴奏者として知られる通崎睦美さんは、作家としても一流である。第36回サントリー学芸賞を受賞した『木琴デイズ 平岡養一「天衣無縫の音楽人生」』での探求心や細やかな表現には吸いつけられた。ちなみに、通崎さんは伝説の木琴奏者・平岡養一が使っていた木琴を譲り受けていて、私が運営に関わる平河町ミュージックスの第21回に登場(2013.7.5)されたときにはこの木琴の可能性を引き出した演奏をしていた。
その通崎さんは生まれ育った京都の天使突抜という場所をめぐる本もいくつか書いているが、新刊『天使突抜おぼえ帖』(2022、集英社インターナショナル)では、このまちの空気を吸い、夢を描いた人々を、温かく活写している。たとえば、通崎さん自らがある機会に奏でたカトリックの聖歌「ごらんよ空の鳥」はどんなに心がこもっていたのだろうか。この歌の歌詞のように、事物やできごとひとつひとつへの慈しみが「すべてのものに染みとおる」本だ。
通崎さんは、京都を身の丈で細かく見つめ、そこに依拠して思想を育み構築しながら、もちろんそれ以上に音楽の質を鍛えたということができる。京都に文化の蓄積があることが通崎さんの導きとなっているのはもちろんだが、この街の隅々に近代の明晰な精神が宿っていることも大きい。事実、京都にはダイナミックな知性としても著名でありながら、街の本質を語りあかす名著を残している先達がたくさんいる。私が真っ先に想起するのは仏文学者であった杉本秀太郎(『洛中生息』など)であり、続いて梅棹忠夫(『行為と妄想』など)や、まだ活躍されている鷲田清一(『京都の平熱』など)さんらの名前が浮かぶ。通崎さんの仕事の切れ味と洞察の深さは彼らの足跡に引けを取らないもので、ますますの活躍が期待できる。