2020/01/08
No. 703
「ルネサンス庭園の精神史」(桑木野幸司・著、白水社2019)は、16世紀イタリアの庭園に宿っていたメッセージを解き明かす本である。この時代の庭園計画は次第に建築計画や都市計画と一体のものとなり、やがて時代を前に進めるエネルギーを生み出すものとなり、そして爛熟していった。当時の庭園は現存するものもしないものもあるが、幸いなことにそれぞれの思考の道筋は、残された図面やスケッチ、あるいは手紙などを通じて読み取ることができる。
実はこの16世紀とは、前世紀に生まれた印刷術がヨーロッパ各地に定着する時代である。その技術とともに起った<記録への情熱>があったことで、ルネサンス文化の推進力は勢いを増したとも言えるだろう。さらに、そうした知的遺産は後継する世代によって活用されることになった。ちなみに、16世紀イタリアで響いていた音楽も、当時の記譜法による楽譜を通じて記録され広がり、今日も再現することが可能である。
記録への情熱は、日本でキリスト教布教に携わったイエズス会修道士にもあった。彼らは出版事業に熱心に取り組んだが、そのうちの「日葡辞書」は、日本語をポルトガル語で読むための辞書で、1603-04年に発刊された。この辞書のねらいは単なる言語の対比対照に留まらない。その編纂プロセスはお互いの<神>概念を交わらせるための<情熱>なのだった。現代から見れば、16世紀日本のキリスト教に関わる建築遺産がゼロに等しいだけに、この時期の伝道の取り組みを知る重要資料である。またそれは当時の日本語の音韻体系や文物情報をいきいきと呼び覚ますフィールドノートとしても貴重である。
15-16世紀とは、人の知恵が幅広く共有できるようになった時代なのだった。その成果を見ていると、これから始まる2020年の我々が経験することも丁寧に記録しておくべきと感じる。記録は今の時代か先の時代かに役目を果たすことになるであろう。