建築から学ぶこと

2010/07/21

No. 238

流れのなかのリアリティ

茨城県取手市にある公団・井野団地が完成したのは1969年。利根川から一段登った台地、地形の制約を活かした多様な角度の住棟・道路で成り立っていて、樹叢のひとつひとつにも熟した表情も加わってきた。かつてまちづくりの新基軸であった団地は、目指した方向性は保たれつつ、現実の風景として馴染んでいる。宿場町でもあった取手は、さまざまな試みが変化を及ぼし、多要素が風景の中で不思議な共存を見せる場所となった。団地はその典型的な例。他の要素、駅も工場も競輪場も、そして東京藝術大学もアーティストたちの工房も、決してどれかが席捲したりしない。前景に利根川の流れがもたらす存在感があって、その基盤のうえに過去や未来が委ねられている。取手はいつも「時の流れとともにある」場所なのである。

10年にわたって続いてきた「取手アートプロジェクト」(TAP)は、今年から、従前の集中開催型から、通年開催型に切り替えてゆく。その開幕イヴェント(オープニング・ノック)が井野団地で7月11日に開催された。住民と藝大、行政が自然な和声を形づくりながら進められてきたTAP。先端性を忘れぬ姿勢は優れたアーティストやコーディネーターも育ててきた。2007年にはサントリー地域文化賞を受賞するなど、この角度からも一定の評価が得られている。一方で、TAPが舞台としての団地に着目し、ここに事務局が居を移すころから、TAPは取手の「時の流れとともにある」側面を特に大事にしてきたように感じる。

この日、TAPで取り組んだ住棟の外装や広場の改装が披露され、さまざまなパフォーマンスが参加者を和ませた。多様な声と響き。この日は祝祭であり重要な節目でもあったが、これから10年かけて紡いだ物語(そこには、昨年急逝した東京藝大教授・渡辺好明氏の尽力は大きかった)をどのように受け継ぎ、協働して新たな価値を生み出すかを期待してゆきたい。今後の、予定調和でない「流れ」の中で掘り下げる考えにこそ、重要な知恵は宿るだろうから。

佐野吉彦

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