建築から学ぶこと

2013/08/21

No. 388

建築の原点での一日

いつ訪れても伊勢志摩はやわらかな光に包まれている。見どころは伊勢神宮に限らないが、やはり内宮に近い「おかげ横丁」あたりはいつも人の流れが絶えない。聖と俗がバランス良く組み合わさる伊勢志摩では、皆がいい顔になる。とりわけ、今年は神宮の20年に一度の「式年遷宮」でひときわ賑わう。10月の「遷御の儀」を機に、神様は、現在ある社殿から真新しく建てられた社殿に移る重要な節目だ。ちなみに、務めを終えた社殿や古材はさまざまな神社等にもらわれてゆくのだという。その手順も手筈が整っている。

さて、これに先立つ7月末から始まった、「お白石持行事」は一般参加が可能な神事であり、誰でも厳粛なプロセスの一端を担うことができるものだ。長く暑い夏を、このまたとない機会に加わる人々の熱気が一層暑くしている。そのような8月の空気のもとで、栗生明さんの講演を聴いた。栗生明さんは、外宮にある「式年遷宮記念・せんぐう館」や「国立長崎原爆死没者追悼平和祈念館」のような、静かな手ごたえを感じる秀作を生みだしてきた建築家。「建築の原点」をテーマに掲げた日本建築士事務所協会連合会・三重大会にふさわしいゲストである。

栗生さんは自作を語りながら、伊勢神宮が受け継いできた哲学について、印象深いまとめを試みた。神宮にあるのは、まず<フィジカル・サステナビリティ>。地産地消・自給自足を軸にした技術体系はものづくりの原点であること。そして<ソーシャル・サステナビリティ>。祭祀・遷宮を始めとする文化的伝統を正しく維持し続けたのはまさに社会的な責任感ということ。このような整理であった。

伊勢神宮は歴史遺跡ではない。現役として刷新し続けるためには、技術の伝承も、支える体制も、財政基盤もすべて整えてこそ成り立つものである。建築の美しさと合理性は最初に評価されるべきだが、建築と社会とは長い時間の中で不即不離の関係に成熟しなければならない。目指すのはそこである。

佐野吉彦

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