2022/07/20
No. 828
私は1961年に小学校に入学した。今も覚えているのは、社会科の教科書の中で寒冷地に強い米の品種の開発、用水による灌漑、二毛作による収穫増などの物語が紹介されていたことである。日本の戦後の成長には米作の増進が欠かせなかった時期であり、農業にも技術革新による成長が期待されていた。ほどなく米作はあまねく全国に及び、1967年には概ねコメの自給達成が実現する。やがて減反政策に転じるあたりから、コメの問題と田んぼの活用の問題とが現実に乖離を始めた。戦後の日本は畜産を成長させているほか、日本の農村と田園風景には実はいろいろな転換が起こっている。その背景に国際情勢の変化が鍵となっていた。その流れのなかにいた日本の農政の試行錯誤と農業事情の変化を扱っているのが「日本のコメ問題」(小川真如著、中公新書2022)である。
同著は、いろいろな見込み違いもあった戦後を冷静に分析するだけでなく、日本が人口減少に転じるこれからに向けて警鐘を鳴らしている。予想によれば2051年ごろに日本で農地余りが始まる見込みであり、この国の食糧供給・農業構造・農地活用のありかたを今から具体的に展望しておかなければならない。この重大局面は早期到来の可能性もあるが、乗り越えるには大きな決断が伴うことになるだろう。おそらく、日本の原像として漠然と共有してきた「景観」にも絞り込みが必要となるのではないか。食糧を生み出す風景のありかたを、国のレベルでも地域経済のレベルでも、環境面と防災面からも検証しておきたいところである。そのとき、ローカルコミュニティがどうなっていて、そこにデジタルをどの程度活用できるのか。まさしく、これは文理をまたぐ総合政策となる。ここで建築と都市計画の専門家が沈黙しているのはもったいないだろう。でも、意外にすっきりした提言がまとめられるとも感じている。