2024/10/30
No. 940
前回触れたハイデルベルクの会議の期間には、[ENJOY JAZZ]と名付けられたジャズフェスティバルが市内至るところで1か月ほど開催されていた。会議の参加者は、隙間の時間にフリーデンス教会で、ギリシア出身の女性ピアニストのタニア・ジャンノウリのコンサートを聴く幸運を得た。演奏はジャズからややクラシックに寄った感じで、1時間余り続くピアノの響きに身を委ねるのは心地良いものだった。もっとも、装飾のない、素材硬めのスクエアな形状の会場は音響的に課題がありそうだが、音楽専用ではない建築の使い方を試してみるのは趣向として興味深い。建築のさらなる活用を促す契機にもなるし、ソロや小編成なら、演奏者にとって聴衆の反応を近い距離で感じることで良い刺激をもたらすだろう。
まち全体が音楽祭の会場になる例はいくらでも挙げられるが、専用ホールにおける大編成が中枢になりやすい。小編成であるからこそ、小さい場所が主たる舞台になるわけである。まちの自治組織が主宰し、安井建築設計事務所が参画して長く続いている「北大江たそがれコンサート」は、大阪市中央区北大江地区にある建築や公園といったハードに音楽を掛け合わせる実験を続けてきたものだが、これも主役は小編成である。実際に今年は第19回で、我々は、オーボエの古部賢一さんとヴァイオリンの山田百子さんを事務所のロビーに招いて切れ味のあるバルトークなどを楽しむことができた。
建築の設計には目的に適う場を整える使命がある。しかしながら、建築が誕生した時代を担う人や発注組織が描いた理想が100年続くかはわからない。結果として持続したなら、理想は社会を牽引し、そして建築も根を下ろしたと言えるが、そこには絶えず改善が加えられているはずだ。ゆえに、建築の使い方を試すのは、建築や発注組織、そして社会の持続可能性を確かめ、改善点を見出す良い機会になる。そもそも設計者には、現状の目的適合性の検証に携わり続ける責務があるのではないか。