建築から学ぶこと

2012/02/29

No. 315

多義的な場所にて

熱田神宮(名古屋市)は三が日の人出が230万人で、ランキング七位。一位が明治神宮の320万人だから、高い人気を誇る神社と言っていい。約19万m2の平地に在って、森の中央を参道の軸が抜ける境内。同型の下鴨神社(京都市)のある糺の森の12万4千m2を上回る大きさである。深い森にはいくつもの摂社・末社が静かに潜み、大楠、国宝や重要文化財を所蔵する宝物館や熱田神宮会館など、あきれるくらいたくさんのフォーカルポイントがある。その空間にある、草薙神剣が祀られてから始まる歴史の足跡には、信長が奉納した「信長塀」や名古屋最古と言われる石橋「二十五丁橋」も含まれている。それらすべてが「縁起」になっている。先日訪れたのが私には初めてのことだったが、この場所がじつに多様な要素を抱えこんで歴史を形成してきたことは歩きながら次第に理解できてくる。

この境内のにぎわいは一年を通してあるのだという。興味尽きない歴史と伝統は人をひきつけるのだが、交通の至便性がそれをさらに増幅してきた。近世においては東海道の宮宿が栄え、現代は名鉄・神宮前とJR・熱田という最寄り駅が寄り添う。こうした目に見えるインフラのネットワークに加えて、熱田神宮は多くの神社を統括するセンター機能も果たしている。その深い懐は人々をゆるやかに吸い込み、ゆっくりと吐き出す。確実に、現代の名古屋・東海圏のなかに欠かせない機能となっているようだ。

眺めていると、人々はいくつもの鳥居をくぐるたびに一礼し、それぞれの社、祈りの場へと立ち寄ってゆく。そこには、イタリアの広場にある大伽藍を訪れる市民と似た、生活に馴染んだ光景がある。聖なる場であるが、集う場でもある、ある意味で多義的な場所と言えるだろう。それはにわかにはつくることができない性格である。時代が何度も何度もめぐることによって、その空気は成熟してゆくのだ。

佐野吉彦

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