2010/02/24
No. 218
本間長世さんの最新刊「歌舞伎とプレスリー 私とアメリカ」(NTT出版)は、彼自身のパーソナルヒストリー。このところの著書で、大統領を通してアメリカというものを明らかにしてきた方向とやや異なる趣である。ここには、しっかりとした足取りと明晰な精神でアメリカ文化研究の森を分け入ってきた歩みが冷静で透明な文体で描き出されており、確かな手ごたえがある。本間さんは真摯にアメリカを解きあかしつづけている姿勢を崩さないが、そこに対象に対する細やかな愛情が感じられる。
この本で語られているように、「アメリカにおけるアメリカ研究」が活発であった時期に渡米したことは幸運なことだった。そこで出会う優れた師は意欲的であり、かつ高潔な人格を備えた人物であったゆえに、知的追究の炎は絶えなかったのだろう。まさしく人が人を導いたのである。その一方で本間さんは、この著作のなかで、格物致知というべき視点をも明らかにしている。知が具体的な場面から紡ぎだされるところにはスリリングなものがあり、血肉となる知とはかくあるべきことを教示している。
書名に含まれる「歌舞伎」に本間さんは愛着を抱く。さらにひとりの役者が一身のなかで様々な技を統合している姿に本間さんは大いに勇気づけられている。一方で「エルヴィス・プレスリー」が体現している、アメリカ文化の融合というものにも敬意を払うのである。すなわちこの本に宿る精神とは、人に対する敬意、その努力に対する敬意に始まり帰着するところである。それはそれとして目の前の人物の真贋を厳しく見定めようとするところは、本間さんの持つ良質なユーモアも透けて見える。
興味深いのは、行動する神学者であるラインホルド・ニーバーとの接点や、知識人は権力者と距離をおくべき、とするリチャード・ホフスタッターが談じるくだり。本間さんと近しい荒川修作さんにプレスリーが交差するポイントがあった、というのも愉しい逸話であった。