建築から学ぶこと

2015/04/01

No. 468

多様な学びが始まる春

霊長類学者の山極寿一さん(現・京大総長)によれば、現在の人類が熱帯雨林に住んでいた時代、異種の人類や、ゴリラやチンパンジーの祖先たちが共にいた。そこでお互いが共存・拮抗しながら特有の能力を磨きあげてきたのだという。我々の祖先は、やがて森の外に出た。危険の多い環境で過ごすことになって、ふたりの親が共同保育を行なうかたちを見出し、その過程の中で仲間に同調したり、共感したりする能力を高めていったというのである(「父という余分なもの-サルに探る文明の起源」(新潮文庫)より)。

山極さんは、ここで人類の家族の祖型について考察しているのだが、調査に基づく事実からは、現代の人類が能力を向上させるプロセスとの近似を導き出すことができる。異なるパーソナリティを有する他人と空間を共にするなかでこそ、人は自らの個性を成長させることができるということ。学校という空間で起こる経験は、まさにその象徴である。さらに、人類が未知の空間に移動したことで、結果として新たな能力を見出したというのは、進学や就職、あるいは転勤を機に一皮むける経過と類似している。

となると、そのような触発を与える場を設営する建築設計者の任務は重要で、なかなか深い知恵が求められる。新年度を控えた2月や3月は、設計に携わった学校の竣工が続いた季節だったが、それぞれの空間が、多様な個性を持った人たちを受け入れて、かれらが自発的に影響を及ぼしあう場となることを期待したい。ちなみに、どのプロジェクトの教室や共用空間も、都会の風景や取り巻く山並みと近しい距離にある。きっと、目の前にある書物以上に、学ぶ時間と環境とコミュニティから、あらゆる感覚器官を経由して学ぶことも多くあるだろう。それは、巣立ったときに効果を生み出すに違いない。

つまり、人にはすぐれた人に出会う運もあるが、すぐれた建築をきっかけとする運もあるということではないのか。

佐野吉彦

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