建築から学ぶこと

2010/01/13

No. 212

潮目に生まれるメッセージ

企業のトップや政治のリーダーが変わって打ち出す新基軸とは、すでに潮目が変わったあとの状況を適切に導く努力のことではないか。第210回で書いたように、歴史は人がつくるものだけれども、ひとりの人間がそのすべてを引き受けることは難しい。潮目はひとりでは変えられないのだ。潮目が変わったからこそ選ばれたリーダーだから、新しいことを着想するより、状況が混乱しないよう適切なメッセージによって安定化させることに腐心すべきだと思う。

そもそも、潮目が変わる瞬間を誰も目撃することはできない。「古典的な」報道写真に見られたような決定的な場面など、現実にはないのだ。だからこそ、潮目の変化を歴史の着実な歩み出しに結びつけることが重要である。キリストや親鸞が、乱世に現れて果たした役割は、既存の宗教を普遍化に向けたメッセ−ジを送ることであったろう。結果がいかなるものであっても、毛沢東やレーニンが目指した普遍化が、20世紀に大きな影響力を与えたことは否定できない。

設計事務所の歴史を見てみよう。19世紀中盤のアメリカの設計事務所は建築様式や装飾を磨くアトリエであり、それが20世紀の中盤には合理的設計組織に変わっていた。100年を要しないその変容の背景に経済成長があり、事業家が興隆し、摩天楼が出現し、多くの移民が海を渡るという社会転換があった。そこに、ドイツから来たワルター・グロピウスがバウハウス流のアプローチを移入したことで弾みはついたけれども、設計事務所の変容は、それが原因ではなかった。社会転換と相伴って変容が進んできたのである。ここでのグロピウスの功績とは、転換期のアメリカに必要な人材を育成するしくみを、明瞭なメッセージのもとにつくったことだった。

さて、阪神・淡路大震災から15年が経った。このような、突然の「歴史の断裂」は一気に潮目を変えるものなのか。そうではなく自然災害とは、流動化した状況のなかで、いかにその場しのぎでない方向性を導けるかが問われる局面なのだろうと考えている。災害「以後」に打ち出されるメッセージこそ、確かな眼差しを伴うものであってほしい。

佐野吉彦

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