2007/12/12
No. 111
盆地の暮らしは、山とともにある。風を起し、水をもたらす山。季節によって異なる表情と彩りを見せる山。その自然の影響力は四つの方角から及んでくる。盆地とは豊饒で繊細な力に充たされた場所であるようだ。一方で、盆地から望む山並みは、その向こうにある未知の世界への憧れを確実なものとする存在でもある。かくして盆地が涵養する精神は、眼に見える山を手がかりにして想像力の奥行きの増したものとなる。
郡山盆地(福島)の医者の家に育った湯浅譲二さん(1929-)は、小学生6年のときに、外科医か建築家、あるいは映画監督になりたい、と思ったという。結局は日本を代表する作曲家への道を選び、精緻な響きを生み出しつづけている。それは建築設計のような構築性と、映画監督のような演出力に支えられた響きであるとも言える。
郡山市立美術館で開催された湯浅譲二展では、湯浅さんが音楽をどのように構想してきたかを示すものだ。会場には、作曲家の手による「曲の構成を示す緻密なダイアグラム」が展示され、それに対応する「演奏」の音源が用意されている。これらを読み聴き比べることで、彼がひとつひとつの楽器が奏でる音を立体的に組み合わせようとするイメージと方法論を持っていることが理解できる。ダイアグラムで明瞭に意図が表現されているために、これに基づいた「五線譜」が、奏者が確実に仕事をこなすための施工図のように見える。このように、3種の表現方法によって音楽という完結した世界を経験できるのが、この展示の面白いところだ。
湯浅さんは、電子音楽への取り組みを通して理論的なアプローチを磨いた。それが繊細な素材を精確な座標に位置づける方法となって追究されることにつながった。彼はライフステージの途上で向きあった経験を契機として、未知なる音をどうつかまえ、どう表示するかに意を用いてきた作曲家である。おそらく、その眼差しと精神は盆地から発したものにちがいない。